PATM(パトム)

「気のせい」では終わらせない ― PATMという孤独と、そこからの回復

電車で隣の人が咳き込む。カフェで誰かが鼻をすする。職場で窓が開けられる。
そのたびに「また自分のせいかもしれない」「周りの人に迷惑をかけてしまっているのではないか」と胸が締めつけられる——PATM(People Are Allergic To Me)と呼ばれるこの感覚は、2008年頃から欧米のインターネット上で語られ始めた、当事者発の言葉です。

医学的な診断名ではなく、まだ専門家の間でも広く認知されているとは言えません。だからこそ多くの当事者は、「気のせいでは?」「考えすぎでは?」という善意の言葉によって、二重に傷つけられてきました。
ですが、原因が分からないことと、苦しみが存在しないことはまったく別物です。PATMに悩む方の多くは、本質的にとても優しく、人に迷惑をかけてはいけないという強い思いやりをお持ちです。だからこそ、自分の存在が誰かを不快にさせているかもしれないという恐怖に、心を痛めてしまうのです。

公認心理師の私(竹内成彦)は、28年・18,000件以上の臨床経験の中で、この痛切な苦しみに向き合い続けてきました。私自身、実は非常に臭いに敏感な「嗅覚過敏」の特性を持っています。だからこそ、実際にお会いすれば、その方がどのような感覚の中にいるのか、お互いの感覚を通して手にとるように理解できます。自分自身も敏感な気質(HSP)を持って生まれたからこそ、PATMを「単なる思い込み」などと切り捨てず、あなたが体験しているリアルで切実な事実として、そのまま受け止めることができるのです。

臨床では、実際に何らかの微量な物質が関わっている可能性のあるケースと、「自己臭症」に近い、思い込みや不安が強く働いているケースの両方に出会ってきました。しかし、どちらであっても当事者が抱える苦しみの重さに違いはありません。あなたの痛みを軽んじることは、私は絶対にいたしません。

この苦しみを長引かせる大きな要因に「自己監視」があります。人の咳や視線を確認するたびに不安が強化され、確認するほど苦しくなるという悪循環に陥ってしまうのです。さらに「人と関わる場所は危険だ」と感じて外出を避けるようになると、行動範囲はどんどん狭まり、最終的に引きこもってしまう人も少なくありません。
職場での誤解、家族との距離、友人関係の崩壊——生活のあらゆる場面で摩擦が積み重なり、「自分は社会に適応できない存在なのでは…」という孤独と自己否定が深く深く刻まれていきます。

けれども、ここにとても大切な視点があります。「自分が悪いのではないか?」という考えは、当事者を苦しめる一方で、原因の分からない不条理で理不尽な世界を何とか理解しようとする、あなたの心が自分自身を守るために必死で作った「最後の砦」でもあったのです。
それは決してあなたの弱さではなく、これまで必死に生き延びていくために身についた、優しさと適応反応そのものなのです。

回復への道は、「症状を完全に消すこと」だけではありません。目指すべきは、不安があっても自分らしく行動できる幅を、少しずつ広げていくことです。事実と解釈を分ける練習、結論を急がず一呼吸置く習慣、外出を「耐えるもの」ではなく「自分で自由に選べるもの」として捉え直すこと。そして、便秘や体臭など身体面から整えていく地道な工夫も、「自分にできることがまだある」という感覚と自信を取り戻す大きな助けになります。

何より重要なのは、「世界中のすべての人に完全に理解してもらう」ことではなく、「否定せず、結論を急がず、あなたの痛みをそのまま聞いてくれる安全な他者」とつながることです。それは無理に家族や親友である必要はありません。適度な距離のある関係、たとえば心理カウンセラーとの関係こそが、ありのままの自分を安心して出せる場になることも多いのです。短時間の相談でも、思い立ったときだけの不定期な関わりでも構いません。その細い糸のようなつながりが、確実にあなたの孤独に心地よい風穴を開けてくれます。

もしあなたが今、同じような苦しみを一人で抱え込み、暗闇の中で震えているなら、どうか知ってください。それはあなたが弱いからでも、性格に問題があるからでもありません。あなたがとても繊細で、人の気持ちやつながりを誰よりも大切にしてきた優しい人だからこそ、ここまで深く苦しんできたのです。

原因が完全に解明されていなくても、心とからだの回復は今日から始めることができます。大切な一歩は、その胸のうちにある苦しみを言葉にして、安心して話せる安全な場に足を運んでみることです。私のカウンセリングは、正解を押しつけたり教訓を垂れたりする場ではありません。あなたの敏感さも、体験してきた苦しみも、そのまま包み込むように受け止め、共に整理していく時間です。

もう一人で抱え込む必要はありません。嗅覚過敏の私だからこそ、あなたの苦しみを正しく、そのまま理解することができます。どうか専門家という「安全な他者」に、その重い孤独の一端を預けに来てください。私は、いつでもあなたを温かく迎える準備を整えて待っています。あなたの人生には、まだ私たちが一緒に見つけられる、たくさんの温かな光が残されています。

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