ミソフォニア

わかってもらえない苦しみからの解放──ミソフォニアと生きるあなたへ

電車の中で聞こえる鼻をすする音。オフィスで響くキーボードの音。食事の場でのクチャクチャという咀嚼音。多くの人にとっては気にも留まらないような、ごくありふれた日常の音が、一瞬にして耐え難い苦痛の時間に変えてしまう症状があります。それが「ミソフォニア(音嫌悪症・音恐怖症)」です。

私は、カウンセリングルーム「心の相談室with」名古屋の室長を務める竹内成彦と申します。私自身もミソフォニアの当事者です。だからこそ、「どうして自分だけ、こんなに音が気になるのだろう」「神経質だ、わがままだと責められるのが怖い」という孤独な苦しみを、痛いほど理解しています。

私は28年以上、18,000件を超えるカウンセリングに携わってきましたが、ミソフォニアという言葉自体が世の中にほとんど知られていないために、多くの当事者が誰にも打ち明けられないまま、一人で苦しみを抱え込んでいる現実を目の当たりにしてきました。この記事では、そんな当事者と、その苦しみを理解しようとする周囲の方々に向けて、ミソフォニアの正体と、症状と上手につきあっていくためのヒントをまとめています。

その苦しみは「わがまま」ではない

ミソフォニアとは、特定の音に対して怒りや嫌悪、悲しみといった強い否定的な感情を抱いてしまう症状です。誰もが不快に感じる黒板をひっかく音とは違い、当事者を苦しめるのは咀嚼音、鼻をすする音、咳払い、舌打ち、時計の音、タイピング音など、日常に溢れたごく普通の音です。音の大小は関係なく、たとえ小さな音でも脳に強い不快感を呼び起こします。

私自身も、食事中の咀嚼音や鼻をすする音に長年苦しめられ、その場から逃げ出したくなる衝動に何度も駆られてきました。

しかし、これは決して「神経質さ」や「性格の問題」ではありません。ミソフォニアは脳の機能的な不具合によって起こる症状です。その苦しみは想像以上に深刻で、症状が原因で離婚に至ったり、仕事を辞めざるを得なくなったりする人もいます。音を聞いた瞬間に頭が真っ白になり、心臓がドキドキし、猛烈な怒りや深い悲しみに襲われる──その辛さは、経験した人にしかわかりません。それにもかかわらず、周囲からは「気にしすぎ」「わがまま」の一言で片づけられてしまうことがほとんどなのです。

心の奥底で何が起きているのか

ミソフォニアの原因はまだ完全には解明されていませんが、脳内の「扁桃体」──感情や恐怖反応を司る、いわば危険を察知する警報装置──が過剰に反応し、普通の音を「危険信号」として認識してしまうのではないかと考えられています。

発症の時期や原因は人それぞれです。物心ついた頃からの人もいれば、10代後半や中年以降に突然発症する人もいます。私自身は加齢とともに症状が強くなっていったタイプで、若い頃は平気だった映画館に行くことさえ、今では難しくなりました。また、「子どもの頃、食べ方を厳しく叱られた」「友人の立てる音を不快に感じた」といった特定の出来事がトラウマとなり、後天的に発症するケースもあります。後天的な場合は、その心の傷を丁寧に紐解き癒していくことで、症状の改善が見込めるといいます。

治すことより、緩和すること

「ミソフォニアは治りますか」という問いに、残念ながら現時点で完全に「治す」方法はありません。しかし、症状を大幅に緩和し、生きづらさを軽減する方法はたくさんあります。

私自身が実践し、多くのクライアントも効果を実感している方法には、次のようなものがあります。

  • 理解者を見つける……「わかってもらえた」という経験そのものが、心を深く癒してくれます。
  • 専門知識のあるカウンセラーに話す……否定されずに耳を傾けてもらえる場を持つこと。
  • 十分な睡眠……過敏になった脳をリフレッシュさせます。
  • 運動……1日20分程度のウォーキングやジョギングが、前頭前野の働きを高め、扁桃体の過剰反応を落ち着かせます。
  • 食事とサプリメント……カルシウム・マグネシウム・亜鉛などが神経の興奮を鎮める助けになります。
  • 深い呼吸・良い姿勢・日光浴……自律神経を整え、心を安定させる日々の習慣です。
  • 薬物療法……抗不安薬などが選択肢の一つになる場合もあります。
  • トラウマを癒す心理療法……後天的な発症の場合、認知行動療法などが有効とされています。

さらに、日常生活の中では、嫌な音の出そうな場所や人からあらかじめ距離を置く、耳栓やイヤーマフ、イヤホンを常備するといった「自衛」も大切な対処法です。私は、クチャラーに出会う可能性の低い落ち着いた店を選んだり、映画館の代わりにネット配信で映画を楽しんだりと、自分で「音」をコントロールできる環境を意識的に整えています。もし嫌な音を浴びてしまったら、静かな場所でひとり心を休ませたり、ガムを噛んだり氷をかじったりして口の中の感覚に意識を向け、注意をそらすのも効果的だといいます。また、自然の音に触れることも症状の緩和につながります。私自身、山登りで小鳥のさえずりや風の音に一日中包まれると、症状が1週間ほど和らぐことに気づきました。わざわざ山に行かなくても、近所の公園を散歩するだけでも十分です。

あなたは、一人ではない

「ミソフォニア」という言葉は、まだ広く知られていません。だからこそ、多くの当事者が、人知れず孤独な闘いを続けています。

けれど、その苦しみは、決してあなたのわがままでも、性格の問題でもありません。それは、脳の反応という、あなた自身にはどうしようもない仕組みから起きていることなのです。そして、治すことはできなくても、症状を和らげ、あなたらしく生きていくための方法は、確かに存在します。

私は、自身がミソフォニア当事者であることこそが、クライアントの苦しみを深く理解できる強みだと考えています。「また神経質だって思われるかな」と身構える必要はありません。カウンセリングは、あなたを否定せず、無理に答えを出させることもない、安心して自分自身と向き合える「心の安全基地」です。

「病気と共に生きること」は、「病気に支配されること」ではありません。今、どうしようもない苦しみを一人で抱え込んでいるなら、その扉を、そっと叩いてみませんか。あなたの心の声に耳を傾け、共に解決の糸口を探していく準備は、すでに整っています。

公認心理師 竹内成彦

戻る